myaのブログ

なんでもかんでも

昔のこと

私が子どもの頃、物置小屋にノラネコが住み着きました。


両親は嫌がっていましたが、おばあちゃんがエサをあげていたため、すっかり居着いてしまいました。


メスネコだったので、しばらくすると四匹の子ネコを産みました。


子ネコはすぐに大きくなって、親ネコと同じような姿形になりました。


子どもの私は、親ネコが子ネコを生んだということは理解していましたが、この子ネコがどこから来たのか不思議で仕方ありませんでした。


だって数ヶ月前は存在していなかったのに、今ここで日なたぼっこしている。


ゼロだったのに、当たり前のように今存在している。


親ネコのお腹の中から、と言う意味ではなくて、どこから来たんだろう???


と、鼻を垂らしながら考えていました。



私の母親はちょっと変わった人で、こんなことを言われたことがありました。


「本当は子どもはお姉ちゃん1人で良かったのに、おばあちゃん(母方の)が一人っ子はかわいそうだと言うから○○(私)を産むことにした。おばあちゃんに感謝しろ。おばあちゃんがいなかったら○○は今ここにいなかった。」


私は別に傷つくこともなく、この人(母親)が私を産まなくても、私はどこかで産まれていた。

私はこの世に存在することは決まっていた。

(だから別に感謝しない)


と、やはり鼻を垂らしながら考えていました。




そんな私も3人の子どもの親になりました。


最近は少なくなりましたが、やはりあの「この子たちはどこから来たの?」という感覚は残っていて、確かに自分で生んだのですが何言ってんだか。


特に自閉症の息子に対しては感じます。


子どもの頃からそんなことを考えていたので、私の子どもたちも私が産まなくてもどこかで産まれていたのではないかと思っています。


そう思うと、まさに子どもは天からの授かり物というより預かり物で、こんな親ですみませんとしか思えません。


もっとしっかり者のお母さんのところに産まれてくれば良かったのに。


と、息子の宿題(保護者記入も含む)をすっかり忘れていて再提出をくらって思っています。