myaのブログ

なんでもかんでも

いきいき主婦のキラキラ自慢話

今日はちょっとだけ調子が良いので自慢話をします。


娘が特待生として大学に合格しました。


そう、私が会場まで送り届けた?あの大学です。


頑張ったかいがありました。


特待生の響きだけで、うちの子賢いんじゃないかしら?って気がしたよ♪←調子乗りすぎ


私を置いて走り去ったあの日の後ろ姿が、小さい頃に凄いがに股で3歩歩けば転びそうになっていた頃とオーバーラップして、逞しく育ってくれたことに今更ながらに感謝します。


危なっかしくて繋いだ手を離せなかった娘の、走る後ろ姿を見送る時が来ました。

人生そのものですね。



ちなみに合格した所は滑り止めで、他のところは今日の13時に発表です。


それによっては明日のブログの出だしが変わり、場合によってはしばらく書かないこともあると思います。


さてどうなることやら。


子どもたちがまだ小さくて、わらわらと大変だった時のことを思い出して、ふとこんなことを思い浮かべました。



それではご覧下さい。


「ゴルゴ13がカルガモのお母さんでなくて良かった」

もういいよ

どうも、朝から死にそうないきいき主婦です。



人生とは神様が「もういいよ」というまで生きることだと、西原理恵子さんが言っているそうです。


Twitterである人がそのことを神様にタオルを投げ入れられるようなイメージだと言っていました。



神様はいつもリング下で見守ってくれているんですね。

誰よりも選手のことを知っていて、大事なアドバイスもくれる。

でも戦うのはその人自身。

リングでは1人ぼっち。


どこまで戦えるのか、ダメージを受け続けていると分からなくなるかもしれません。


大学駅伝で時々見かける、脱水でフラフラなのに走るのをやめようとしない選手。


止めようとするコーチを必死に避けて走ろうとします。



私のセコンドやコーチは、一体どこでなにをしているのでしょう。


最近難聴なのでアドバイスも止める声も何も聞こえません。


そもそも私にそんな人いるのか疑問です。


そんな毎日の中で、タオルを投げ入れられる瞬間を待っています。


それではご覧下さい。

「明日のジョー」より伝説のセコンド、丹下段平です。(うろ覚え)


キラキラなのは幼い頃から少女マンガしか書いていないせいです。


丹下おじさん、おれもうダメだよ……

燃え尽きたぜ……

わたしおかあさんだから

という歌が世間様の大ひんしゅくをかっています。


わたしにはなんでそんなにみそくそ言われているのか分からないのですが、多分恩着せがましく聞こえる、題名でもある「わたしおかあさんだから」の一言が仇になっているのかと。



突然ですが私はいわゆる毒親に育てられました。

自分の親を毒親とは言いたくないのですが、世間一般から見ればそうなると思います。


なので普通のお母さんが良く分かりません。


私が親になったとき、これが親としてやるべきことだろうと思うことを片っ端からやってきました。


「わたし、おかあさんになったから頑張らなくちゃ。」



多分、立派な両親に育てられて良く躾された人が母親になれば、あの歌を聞いても「親として当たり前のことを子どもに対して恩着せがましい!」と感じるのではないでしょうか。


そうでもない良い意味でゆる~いお母さんは「余計な呪いをかけるんじゃねえ!」と思うかも知れません。



今はゆるすぎて子どもたちに叱られるような私ですが、母親はこうあるべき!と思い込んで頑張っていた時のことを思い出すと「分かる~あるある~」なのです。



あの歌の歌詞を書いたご本人は、「聞いた人は号泣間違いなし!」と豪語していたそうです。


たくさんのお母さん方には響かないどころかみそくそでしたが、号泣とは行かないまでも私にはあるある~分かる~くらいには響きました。


子どもが生まれて何年か甘口カレーしか食べていなくて、ずっと辛いのを食べたがっていた夫が隠れて中辛のカレールーを投入したとき、知らずに食べて「何これおいしい!辛い!!」と驚いた時のことは良く覚えています。


それ以外のことも。

全てではありませんが確かに共感しました。



歌詞を書いた方は「ママがおばけになっちゃった」という絵本も書いています。


あれも賛否両論ありましたよね。


あの本も(読んではいないのですが)そういう境遇にあるお子さんにはピンポイントで響くのではないでしょうか。


今回の歌も私のような人間にピンポイントで響くのかも知れません。


かなり幅が狭いです。絵本よりさらに。

冒険しすぎ。


結局何が言いたいかと言うと、のぶみさんとだいすけお兄さんの更なるご活躍をお祈りしています。