myaのブログ

なんでもかんでも

昔のこと

私が子どもの頃、物置小屋にノラネコが住み着きました。


両親は嫌がっていましたが、おばあちゃんがエサをあげていたため、すっかり居着いてしまいました。


メスネコだったので、しばらくすると四匹の子ネコを産みました。


子ネコはすぐに大きくなって、親ネコと同じような姿形になりました。


子どもの私は、親ネコが子ネコを生んだということは理解していましたが、この子ネコがどこから来たのか不思議で仕方ありませんでした。


だって数ヶ月前は存在していなかったのに、今ここで日なたぼっこしている。


ゼロだったのに、当たり前のように今存在している。


親ネコのお腹の中から、と言う意味ではなくて、どこから来たんだろう???


と、鼻を垂らしながら考えていました。



私の母親はちょっと変わった人で、こんなことを言われたことがありました。


「本当は子どもはお姉ちゃん1人で良かったのに、おばあちゃん(母方の)が一人っ子はかわいそうだと言うから○○(私)を産むことにした。おばあちゃんに感謝しろ。おばあちゃんがいなかったら○○は今ここにいなかった。」


私は別に傷つくこともなく、この人(母親)が私を産まなくても、私はどこかで産まれていた。

私はこの世に存在することは決まっていた。

(だから別に感謝しない)


と、やはり鼻を垂らしながら考えていました。




そんな私も3人の子どもの親になりました。


最近は少なくなりましたが、やはりあの「この子たちはどこから来たの?」という感覚は残っていて、確かに自分で生んだのですが何言ってんだか。


特に自閉症の息子に対しては感じます。


子どもの頃からそんなことを考えていたので、私の子どもたちも私が産まなくてもどこかで産まれていたのではないかと思っています。


そう思うと、まさに子どもは天からの授かり物というより預かり物で、こんな親ですみませんとしか思えません。


もっとしっかり者のお母さんのところに産まれてくれば良かったのに。


と、息子の宿題(保護者記入も含む)をすっかり忘れていて再提出をくらって思っています。

泣き言

最近ふと落ち込むことが。


うちには知的障害のある息子がいます。

高校を卒業したら、作業所に就職する予定です。


作業所ではいろいろな仕事があるのですが、主なものにダイレクトメールの封入や、お菓子の箱を組み立てる仕事があります。


少し前に、洋菓子が入っていたお菓子の箱をバラして片付けていた時に、ふと、息子も将来こんな箱を作るんだな、と思ってしまいました。

バラして捨てられる箱。


ダイレクトメールもそうです。

ほとんどはまともに目も通してもらえず、捨てられるものです。

中にはダイレクトメールを迷惑に感じる人もいるでしょう。

それを息子は生涯の仕事としていくわけです。


時給もとても安いです。

1ヶ月頑張って働いても、息子はたったこれっぽっちしか稼げないのかと悲しくなります。


誰からも感謝されることもなく、結局は捨てられてしまうものを、毎日せっせと作るのです。

泣けるほど安い賃金の為に。


正直落ち込みました。


それからもダイレクトメールやお菓子の箱を捨てるときには、必ず落ち込むようになりました。


それだけです。


今日は手元にお菓子の箱もダイレクトメールもないので特に落ち込んでいません。


さあ、明日も仕事だ。

風呂入って寝るか!

卒業式 ~尿意との戦い~

「8日、卒業式だよね。何時から?」

「来なくて良いよ。」



えっっ!?


今来なくて良いって言った?


「行ったらダメなの!?」

「来ても良いけど……」


来ても良いけど!!



高校生の娘の卒業式、多分大学に行ったらもう入学式も卒業式も出ないから、これが最後と思って仕事もお休みもらったのに……



………来なくて良いとは!



お便りも勝手に捨ててしまったらしく、受付時間も分からない。

学校のHPにものってない。



「いいよ、来なくて(´д`)」


いや、絶対行く。

学校に電話して受付時間を聞きました。


見かけても絶対に声をかけない、式だけ見たらすぐ帰る、と約束して行かせてもらいました。


当日はあいにくの雨で寒い寒い。

受付開始時間しか聞いていなかったので早く着きすぎました。


式が始まる時間も分からず、待つこと30分。

トイレに行きたくなりました。


でも今行ったら入場する娘とばったり合うかも知れない。

大丈夫、せいぜい一時間くらいだろう、大人だしガマン出来る。


そう思っている間に式が始まりました。


卒業証書授与も、娘のところ以外は気もそぞろ。

校長の祝辞も来賓の祝辞も、尿意との戦いで全く入ってきません。


校長の祝辞10分。

来賓の祝辞1人7分。


やばい、一時間では終わらない!

体育館の寒さが尿意に情け容赦なく拍車をかけます。


後少し、卒業生答辞さえ終わったらもうトイレタイムまで時間の問題!


私1人が極限状態の中、卒業生答辞が始まりました。



生徒会長だった女子生徒の答辞。

取って付けたような言葉もなく、自分の言葉で3年間の高校生活を振り返ったものでした。


こんなことがあった。

その時私はこう思った。

みんなはその時こうだった。



娘が3年生の時、新しく来た校長が受験の妨げになるからと、1つの伝統行事を廃止することにしました。


その行事は生徒が学年を超えて主体的にやるもので、体育祭の花になっていました。


もちろん生徒たちは大反対。

しかし校長の決定を覆すことは難しく、緊急生徒会を開いては校長との議論を何度も重ねました。


しかし相手は校長。

議論するには何枚も上手です。


担任の先生たちはその様子を見て、「校長は自分の上司だから立場上応援は出来ない。でも頑張れ。」と生徒たちを励ましてくれたそうです。


そのことは私も毎日娘から聞いていて、どうなることやらとハラハラしていました。


幾度も議論を重ね、生徒たちはとうとう自分たちの主張を通すことに成功しました。


3年生最後の体育祭、娘はその伝統行事に参加し、私はそれを誇らしい思いで参観しました。


生徒会長だったその女子生徒は、その時のことは良い思い出とは言えないと言いました。


生徒会長としての重圧もあったのでしょう。


そしてどんな時も「あなたなら出来る」と毎日笑顔で送り出してくれたご両親への感謝を綴っていました。


その生徒会長が振り返った3年間は、娘が私に毎日こんなことがあったと教えてくれた3年間と重なり、自然と涙が溢れてきました。


もれなく鼻水も。

ハンカチはぐしょぐしょです。


あれ?尿意はどこ行った?



結局一時間半の長丁場でしたが、卒業生答辞のおかげで尿意も忘れ、素晴らしい感動を得ることが出来ました。


本当に素晴らしい答辞。


この日のことは生涯忘れません。


帰ってきた娘の感想は

「体育館寒すぎ!」

でしたが、やっぱり無理やりでも卒業式に行って良かった。

素晴らしい答辞を聞けて良かった。


あんなステキな娘さんの親御さんは、どんな人なんだろうと、思いをはせた一日でした。


最後に、娘に「卒業おめでとう!」

何を言われようと、あなたのお母さんで良かった!


いつまでも、自分らしさを失わずにこれからの人生を楽しんでね!