myaのブログ

なんでもかんでも

息子の気持ち

うちには知的障害のある高校生の息子がいます。

算数は二桁の計算がやっと出来るくらいですが、漢字は比較的得意です。

日常生活には困らないくらい。


息子が漢字と出会ったのは、小学校3年生の時でした。

3年遅れで取っていたこどもチャレンジの漢字ドリルです。


毎日熱心にやっていました。


ある日、夕食の時間になっても部屋から出てこないので呼びに行くと、漢字ドリルをしているところでした。


もうお終いにしてごはん食べよう?と言うと、


「○○、頑張る。頑張って勉強する。」

と言いました。


普通なら喜ぶべきでしょう。


でも私は今まで感じたことのない切なさを感じました。


夕食も食べずに頑張って勉強すると言った息子の言葉の裏に、頑張って勉強してお姉ちゃんや妹みたいになる、なりたいという気持ちがあるのではないかと思ってしまったのです。


それまではただただ息子は可愛い存在でしたが、初めて「普通に産んであげられなくてごめん。」と息子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


この時の気持ちは、今でも思い出すと涙が出ます。


考えても仕方のないこと。


でも息子への申し訳ない気持ちは胸にこびりついて、このことを療育の先生に相談してみました。


先生の答えは、頑張って普通になりたいと思っているかどうかは分からないが、こういう子たちは自分が普通の子と違うというのは良く理解している、と言うことでした。


うちには健常の姉妹がいるので、なおさら息子はそう感じていることでしょう。


今、高校生になって少し会話が出来るようになった息子に聞いてみたら、もしかしたら本当の気持ちを聞き出せるのかもしれません。


怖くて聞けないですね。

この時の罪悪感は時折顔を出すけど、よいしょよいしょと胸の奥底にしまってこれからも生きていきます。


「普通」ではない、ありのままの息子を見続けていきます。

昔のこと

私が子どもの頃、物置小屋にノラネコが住み着きました。


両親は嫌がっていましたが、おばあちゃんがエサをあげていたため、すっかり居着いてしまいました。


メスネコだったので、しばらくすると四匹の子ネコを産みました。


子ネコはすぐに大きくなって、親ネコと同じような姿形になりました。


子どもの私は、親ネコが子ネコを生んだということは理解していましたが、この子ネコがどこから来たのか不思議で仕方ありませんでした。


だって数ヶ月前は存在していなかったのに、今ここで日なたぼっこしている。


ゼロだったのに、当たり前のように今存在している。


親ネコのお腹の中から、と言う意味ではなくて、どこから来たんだろう???


と、鼻を垂らしながら考えていました。



私の母親はちょっと変わった人で、こんなことを言われたことがありました。


「本当は子どもはお姉ちゃん1人で良かったのに、おばあちゃん(母方の)が一人っ子はかわいそうだと言うから○○(私)を産むことにした。おばあちゃんに感謝しろ。おばあちゃんがいなかったら○○は今ここにいなかった。」


私は別に傷つくこともなく、この人(母親)が私を産まなくても、私はどこかで産まれていた。

私はこの世に存在することは決まっていた。

(だから別に感謝しない)


と、やはり鼻を垂らしながら考えていました。




そんな私も3人の子どもの親になりました。


最近は少なくなりましたが、やはりあの「この子たちはどこから来たの?」という感覚は残っていて、確かに自分で生んだのですが何言ってんだか。


特に自閉症の息子に対しては感じます。


子どもの頃からそんなことを考えていたので、私の子どもたちも私が産まなくてもどこかで産まれていたのではないかと思っています。


そう思うと、まさに子どもは天からの授かり物というより預かり物で、こんな親ですみませんとしか思えません。


もっとしっかり者のお母さんのところに産まれてくれば良かったのに。


と、息子の宿題(保護者記入も含む)をすっかり忘れていて再提出をくらって思っています。

泣き言

最近ふと落ち込むことが。


うちには知的障害のある息子がいます。

高校を卒業したら、作業所に就職する予定です。


作業所ではいろいろな仕事があるのですが、主なものにダイレクトメールの封入や、お菓子の箱を組み立てる仕事があります。


少し前に、洋菓子が入っていたお菓子の箱をバラして片付けていた時に、ふと、息子も将来こんな箱を作るんだな、と思ってしまいました。

バラして捨てられる箱。


ダイレクトメールもそうです。

ほとんどはまともに目も通してもらえず、捨てられるものです。

中にはダイレクトメールを迷惑に感じる人もいるでしょう。

それを息子は生涯の仕事としていくわけです。


時給もとても安いです。

1ヶ月頑張って働いても、息子はたったこれっぽっちしか稼げないのかと悲しくなります。


誰からも感謝されることもなく、結局は捨てられてしまうものを、毎日せっせと作るのです。

泣けるほど安い賃金の為に。


正直落ち込みました。


それからもダイレクトメールやお菓子の箱を捨てるときには、必ず落ち込むようになりました。


それだけです。


今日は手元にお菓子の箱もダイレクトメールもないので特に落ち込んでいません。


さあ、明日も仕事だ。

風呂入って寝るか!